【映像’18「記憶する歌 ~科学者が詠う三十一文字の世界~」】
2018.08.26
「50年前に作った歌を読み返すと、その時に感じた風のにおいまでリアルに感じなおすことができる」。そう語りかけるのは、京都に住む細胞生物学者の永田和宏さん。歌人でもある。京大生の頃から歌を詠む。妻は歌人の河野裕子さん。夫婦で歌を詠んできたが、人生の伴侶、裕子さんを8年前に乳がんで失い、孤独感を深めていった。
あほやなあと笑ひのけぞりまた笑ふあなたの椅子にあなたがゐない
その後、歌を支えに少しずつ落ち着きを取り戻してゆく永田さん。この春、自宅の庭では裕子さんのために植えた山桜が、初めて花を咲かせた。 短歌は花鳥諷詠を詠うだけでなく、時事問題を扱う社会詠と呼ばれる歌もある。永田さんはいう。危機に遭遇して世に放たれた歌は、その後の歴史の濾過に耐えうるのだと。
永田さんにも変化が生じた。ここ数年、自らも社会の在り様を詠うようになった。ことばがいま危機を迎えている、ことばが意図的に無力化されている。国会での言葉の捻じ曲げ、言い換え、改ざん。全てがことばの問題につながり、ことばの意味の破壊だ、と危機感を募らせる。
不時着と言ひ替へられて海さむし言葉の危機が時代の危機だ
永田さんに初期の肺がんが見つかり、その摘出手術を受けることになった。31文字が記憶するその歌は、過去といま、そして未来へ結ばれてゆくという人生とことばの危機を詠う。