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映像’21「終わらない”自主避難”~福島県中通りの家族たち~」_banner

【映像’21「終わらない”自主避難”~福島県中通りの家族たち~」】

 

福島県の内陸部は「中通り」といわれ、県庁所在地の福島市、交通の中心である郡山市もここにある。2011年3月11日に起きた福島第一原発事故で大量の放射性物質で汚染されたが、「中通り」に避難指示は出なかった。郡山市に暮らしていた主婦、森松明希子さん(47)は、3歳と0歳だった長男、長女の健康を考え、夫を郡山市に残して大阪市に”自主避難”した。10年経った今も大阪で暮らし、夫が月に一度、郡山市から大阪にやって来る。

事故当時、福島市に暮らしていた大学教員、荒木田岳さん(51)は、妻と6歳と3歳だった長男、長女とともに、新潟市に”自主避難”した。職場は福島市にあるため、事故以来ずっと、車で往復5時間かけて通勤している。現在、福島県の市街地では放射線量も下がっているが、山林などの除染は手付かずのまま、10年前に国が出した「原子力緊急事態宣言」も解除されず、県の内外への避難者はまだ、3万人以上いる。

森松さんは、国と東京電力を相手に損害賠償を求める裁判をしているが「避難した人の正当性だけを訴えたいのではなく、誰もが人として健康に生きることの大切さを知ってほしい」と訴える。

 

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